心と心、体と体でつながっていたいから
肉体的に欲望を持てない
男性や女性は、恋愛の卒業生?
自分のセクシュアリティを否定するのは不自然。
「枯れたお爺さんと可愛いお婆ちゃん」でいてくれたら扱いやすいのに…
人生50年の時代だったら、高齢者の性愛が問題になることはなかっただろう。しかし人生90年の時代になると、男も女も生殖から解き放たれてなお30年という「長すぎる余生」が続く。還暦をすぎれば色恋の欲求も消えるのなら、これまで通り日本人が理想としてきた「枯れたお爺ちゃん」「可愛いお婆ちゃん」として生きられる。だが、実際には60歳、70歳を過ぎても、「枯れた老人」になるのはむずかしい。これをどうするか。
今日ただいまの超高齢化時代は、人類が初めて経験することなので、モデルを探そうにもそのお手本がない。
浜野佐知監督のコメント。
「私も、老人ホームの職員の方や、お年寄りの介護をしている方から、悩みを聞かされることがあります。エロ爺さんが若い女性ヘルパーのお尻をさわって叱られるというのはよく聞く話で、そのレベルの話なら「爺っちゃん、そりゃセクハラってもんだよ!」ですむことですけれど、老人ホームでも性に関わるデリケートなトラブルは現実に起こっているんです。
管理する側からすれば、お年寄りというのは枯れたお爺ちゃんと可愛いお婆ちゃんでいてくれるとやりやすい。老人の性というものは世話する側からすると、実にやっかいなものだと思います。だから、そういう問題は見て見ぬふりをする。へたに首をつっこむと、自分(世話する側の人たち)の考え方やセクシュアリティがあらわになってしまうという恐怖心もあるでしょう。
でも、だからといって、いい年をしてみっともないとか、分別をわきまえなさいと抑えつけるのはいけませんね。人は年をとっても恋愛はするし、セックスへの欲求もある。まず、それをきちんと認めてあげないと……。あくまでも個人の意思を大切にして、そこから関係が始まらなければいけないと思います」
男なら許されることでも、女はダメという性の社会の通念
ここで、浜野監督の映画「百合祭」のストーリーを紹介しておこう。
舞台は、森の中にある住み心地のよさそうなレトロな洋館。そこはアパートで、住人は69歳から91歳までの、いずれも一人暮らしの老女ばかり、5人が住んでいる。その中の一人、きものがよく似合う宮野さんという73歳の未亡人(吉行和子)が主人公だ。
ある日、この「女の園」に、ちょっとキザでダンディな老人(ミッキー・カーチス)が引っ越してくる。紅一点ならぬ黒一点。この男、ほめ上手、くどき上手で、たちまち宮野さんをはじめ住人の一人一人と逢い引きしたり、ひそかに「関係」を結んだりする。しかも、女たちには「自分だけが特別」と思わせている。いうなれば、老人版・光源氏というところ。ところが、いつまでもそう薔薇色の日々は続かない。ひょんなことから、女たちに真相を暴かれて大騒動……というのが前半のストーリー。
この「百合祭」には原作があるが、映画の後半は浜野監督のオリジナルだ。主人公の宮野さんは、このあと、意外や意外、恋敵だった元バー経営者の色っぽい老女(白川和子)とあやしい関係に突き進む。
「商業映画として観客動員を考えるなら、この映画のラストは、いろいろとすったもんだはあったけれども、最終的に吉行和子さん演じる主人公と、ミッキーさん演じるちょいワル爺さんが結婚して、めでたしめでたしで終わったら、大成功だったと思います。でも、そんな映画は私には何の意味もありません。
後半のオリジナル部分で、私はべつに同性愛讃歌をやろうとしたわけじゃなくて、本当に気持ちいいことをしたいと自分に正直になったとき、男だとか女だとかいうことにとらわれなくてもいいのではないかと思ったんですよ」
わかる、わかると大喜びしてくれた女性たちがいる一方で、この映画を観て本気で怒ったり、憮然として固まってしまった男性たちも少なからず。
「男性の反発は、女が欲情して男を共有したり、男の肉体を利用して性を楽しむなんてとんでもない! というものでした。そういう人たちは、谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」のように、年とった男が若い女に欲情するという話なら許容するのだけれど、その逆は絶対に認めないんです。老女の性愛は、高齢者であること、女であること、の二重の差別を受けているわけですね。昔と今とでは日本人の寿命も延びて、ライフスタイルも変わってきたというのに、日本の中高年男性のセクシュアリティは全然変わっていないですね」
人は最後の瞬間まで、
心と心、体と体のどこかでつながっていたいから…
自分の胸に手を当てて考えてみていただきたい。人は何歳まで恋愛できるか、という問いかけに対して、プラトニック・ラブなら80歳でも90歳でも許容するという人が多いはず。しかし、そこにちょっとでも性的・肉体的要素が入ってくると、たちまち拒絶反応が出てくるのはなぜだろう。いい年をして恥ずかしいとか、色ボケとか、侮蔑的な言葉で否定されるのが常である。高齢者に許されるのは、かりにそんなものがあるとして「性的要素抜きの純粋プラトニック・ラブ」だけということなのだろうか。人はそんなに思い通りに精神と肉体を切り離せるものだろうか。そこにはやはり、偏見があるとしか思えない。
「若い人の反応は正直ですよ。映画を観て、婆ちゃんたちにも性欲があると知って、最初はびっくりしますが、そうか、人は年をとってもそういうものなんだと、素直に理解しようとします。頭がやわらかいから、柔軟に見方を変えられるんですね。頭の固い爺さんたちはダメ。頑迷固陋、かたくなに見方を変えようとはしません」
浜野監督は、上映会で50代の男性から「女性は閉経したら、性欲もなくなるんじゃないですか?」とまじめに質問されて耳を疑ったという。
「そんなふうに思いこむ人がいるのは、性=生殖という枠組みを社会が押しつけてきたからでしょう。私は男も女も、いくつになっても性欲はなくならないと思っています。でも、一般的には、性=生殖の枠組みでとらえられているから、生殖能力がなくなった年代の人たちは、性から排除されてしまう。女は閉経したら女じゃなくなり、男も勃起しなくなったら男じゃなくなるというわけですね」
たしかに、閉経して子供を産めなくなった女性と、年をとって男性機能を失った男性は、役立たずとして社会の隅っこに追いやられているように見える。実は、映画「百合祭」で、ミッキー・カーチス演じるちょいワル爺さんは「立たない男」という設定だ。したがって、主人公の宮野さんとの性交渉も「接触」にとどまり挿入はない。そんなセックスを、宮野さんは「肉球(猫の足の裏のやわらかいところ)みたいだった」と表現し、こんなふうに回想する場面がある。
《年をとって、男の人の体の中で、あそこが一番やわらかい場所になったんじゃないかしら。やわらかくて、あたたかくて、気持ちいい》
「あの台詞には、最後の最後、死ぬ瞬間まで、人が人として、心と心、体と体のどこかがつながっていたいという思いが込められているんです。男の人は勃起にこだわるけれども、やわらかいものを押しつけるだけでも、女の人は気持ちよくなれるんです」
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Author:Niko
心理学を少し勉強してます。
まだまだですが、どうぞよろしくお願いしまぁす♪